【お申込みはこちら】2/14(土) 秘められた情熱 ~心に灯る音楽の炎~

プロフィール

亀嶋有紗(かめしまありさ)

亀嶋有紗

岐阜県大垣市出身。フルート奏者、演奏者のためのメンタルトレーニング講師。
岐阜県立各務原西高等学校卒業
同志社女子大学学芸学部音楽学科演奏専攻卒業
愛知県立芸術大学音楽研究科博士前期課程修了

第21回京都フランス音楽アカデミーにてピエール=イヴ・アルトー氏のマスタークラス修了。これまでに、フルートを安田佐和子、細江誠、小久見豊子、村田四郎、花尾律子の各氏に、演奏法を大熊径、大熊潔の各氏に師事。メンタルトレーニングを花尾律子氏に、エニアグラム心理学を隅谷真理氏に学ぶ。

第2回岐阜国際音楽祭コンクール 入選。第20回日本クラシック音楽コンクール全国大会 入選。
公開オーディション合格者による第11回岐阜市新進演奏家コンサート出演。2012、2013大垣音楽祭音楽の泉出演。第38回関西フルート新人演奏会出演。第58回大垣市芸術祭新人招待演奏会出演。2013年ドレスデンフィル弦楽三重奏団と共演。

Message

『どうせ私なんて』と
心の中でつぶやいたことがあるあなたへ

あなたには価値がある、
だからあなたの好きなことをやってもいい


他人が思っていることを勝手に想像して
不幸になる人は多いと思います。


私自身がその一人で、
本当にやりたいことが演奏だったと気付くまでに
随分と遠回りをしました。

「どうせ自分にはできない」という
自分自身が作りあげてきた大きな妄想を、
私は音楽を通して越えようとしています。

私には価値がある。
私は自分の好きなことをやってもいいんだ。
そう変わってから人生が動き出しました。

自己否定を乗り越えて自分らしく生きる。
そんな私の生き様を、
演奏を通して感じ取ってもらえたら嬉しいです。

私の演奏が、一人でも多くの人の心に響き、
自分の価値を認めて好きなことに挑戦する
勇気を持つきっかけになれば幸いです。

あなたも、心のままに生きる喜びを、
一緒に感じてみませんか?

Message2

フルートと私 〜本当の自分に還る旅〜

フルートとの出会い

ピアノが堪能だった母の影響で、音楽好きな子供でした。
小さなころからバレエ、水泳、といろいろな習い事をしてきましたが、幼稚園生のときに習い始めたバイオリンが私の音楽のキャリアのスタートです。

母の勧めでバイオリンを始めましたが、厳しい先生が嫌でレッスンが楽しめず、練習不足で怒られることが多かったです。当時はバイオリンの音自体もあまり好きではなく、だんだんと嫌になっていきました。それでも小学校卒業まで続けたのは、今思えば頑張ったと思います。

中学に入学したとき、必ず部活に入らなければならず、どの部活にしようかと考えていました。バドミントンもいいな♪などと迷っていました。

しかし部活紹介の吹奏楽部の演奏で初めてフルートを見た瞬間、「絶対フルートやりたい」と心が決まりました。理由はわかりませんが一目ぼれのような感じだったと思っています。

フルートは音色も演奏姿も美しく、私にとって理想の楽器でした。吹奏楽部に入部し無事にフルートを手にした私は、そこからどんどんのめり込んでいきました。フルートの演奏は、自分の息がそのまま歌のように思い通りにメロディになる感覚で、それがすごく嬉しかったのです。

私にとって、親の勧めではなく、初めて自分の意志で「やりたい」と思えたものがフルートでした。

音楽人生の始まり

中学・高校と吹奏楽を続け、高校では部長も務めました。日々練習に打ち込み、高3の時、憧れだった先輩たちでも成し得なかった吹奏楽コンクール東海大会で金賞を獲ることができました。

努力の末に夢が叶うことをフルートを通して体験し、大学でも吹奏楽が盛んなところに進んで、吹奏楽部でフルートを続けようと思っていました。しかし卒業後の進路を考えると興味のない分野ばかり。将来自分がやりたいと思える職業に結びつくことを思い描けませんでした。

その時に、自分が本当にやりたいのはやっぱり音楽なんだと気が付きました。医学でも法律でもなく、私が追及したいのは音楽なんだと。音大に入って技術を習えば一人でも活躍できるのではないかと思い、音大に入ることで未来に可能性を感じたのです。

そう思ったのが高3だったので、受験勉強はそれはもう本当に大変でしたが、第一志望の大学に合格し、本格的に音楽の勉強をスタートすることになりました。

初めての挫折

正直、中学・高校と「自分が一番上手い」と思ってフルートを吹いていました。でも大学に入って、それが一瞬で吹っ飛びました。

小さいころから音楽家を目指している人や、音楽高校で専門の教育を既に受けてきている人たちと初めて一緒になってみて、自分の無知さと能力の低さに絶望。

フルートの専攻生は、すっごく細かいパッセージや聞いた事もないくらい早いタンギングをしていたり、めちゃくちゃ小さい音をきれいに出していたりしていました。

そうやってみんなが簡単そうにやっていることが、私は本当に一つもできなくて、「とんでもないところに来てしまった…」と思いました。

井の中の蛙とは、まさに自分のためにあるような言葉だったのだと思わざるを得ませんでした。技術だけでなく、音楽に関する知識量も全然違って、友達たちの話に全くついていけず、何も知らない自分がとても恥ずかしかったです。

だからといって落ち込んでばかりいるわけにもいかず、自分が下手くそで無知なのはよく分かったのでこれから努力と根性でなんとかするしかない!と、音楽家芸術家というより、もはやアスリートのような精神と姿勢で練習しまくっていました。

子供のころはフルートが楽しかったから練習していたのに、練習しないと置いていかれるから、落ちこぼれてしまうから練習するというふうに変わっていきました。このときから自分のなかに強い劣等感が生まれたと思います。

しかしガムシャラな努力のおかげか、大学3年生ごろから少しずつコンクールやオーディションで結果が出るようになりました。大学院への進学も叶い、音楽の勉強を続けることができました。

人生のどん底

大学院修了後は、フリーのフルート奏者に。というのは表向きの話で、実際はほとんどカフェのアルバイトをしていました。音楽の仕事といえば、雇われの音楽教室講師と、不定期な中学高校の吹奏楽部レッスン、演奏の依頼がちょこちょこ。

「仕事」と呼べるほどのものなのだろうか?と、疑問に思うことも多々あり…夢見ていた音楽家としての活動にはとても、程遠い生活でした。

ここまで音楽をやってきて諦められない自分の気持ちと、早く社会人として自立したいという焦りの狭間で、いつのまにか、フルートを奏でることに喜びを見いだせなくなっていました。

そして、とあるオーディションでの失敗がきっかけで、私のなかで張りつめていたものがついにプツンと切れました。「音楽で生計を立てるのは自分には無理だ」と諦める決心をしたのです。

努力すれば夢は叶うと信じてきた人生で、初めて自分がやりたいことを諦めるという選択をしました。安定した基盤がないと、自分がやりたいこともできない。フルートを続けていくために、就職しよう。そう思いました。

異なる世界での学び

短い就職活動の後、私は地元の設計会社に就職しました。人生のどん底で入社した会社でしたが、音楽とは全く関係ない仕事や人々との出会いは、私にとって想像以上に多くのものをもたらしました。

会社の仕事では自分が描いた図面を持って、作業着を着てヘルメットをかぶり、工事現場に出張することもありました。ドレスを着てステージに立っていた今までの人生から考えたら、全く想像していなかった姿です。

「こんなお仕事あったんだ。」と、目にする世界がすべて新鮮で、視野が一気に広がった感覚がありました。

世の中の歯車にはなりたくないとなぜか思い、苦しい道を自ら選び、がんばることしか知らなかった私は、自分がどれだけ世間の感覚とズレた自称音楽家生活を送っていたかを思い知り、恥ずかしさも感じました。

会社員としての生活は楽しく、充実したものではありましたが、自分の中の音楽への想いは完全には捨てきれていませんでした。毎日のフルート練習は欠かさず、演奏の機会を見つけて細々と活動を続けていました。


一度音楽とは違う世界に飛び込んでみて、それはそれで幸せでした。音楽も続けられているし、ずっとこのままでも、なんの問題もありません。


しかし、心の奥底では何かが違うと感じていました。
やはり、音楽に全力投球していない人生は、自分が本当に望んでいるものではありませんでした。フルートとともに活動しているのが本来の自分の姿だと思いました。

そんな折、結婚することになり、これを機に退職し、再び音楽の世界に戻ることにしました。

第2の音楽人生スタートと葛藤

結婚を機に移り住んだ地で、フルートの教室を開講しました。縁もゆかりもない土地でのゼロからのスタートでしたが、ありがたいことに開講当初から多くの生徒さんに恵まれました。

しかし、演奏活動に関しては、一度音楽を諦めた過去へのコンプレックスと劣等感から、人前で自分をさらけ出すことへの抵抗が拭えず、思うような演奏ができませんでした。その結果、次第に演奏をやりたいという気持ちに蓋をするようになりました。

自分には演奏よりも教える仕事のほうが向いていると感じるようになり、さらにコロナの影響もあって、教室の仕事に専念するようになりました。

エニアグラムとの出会いと新たな挑戦

とはいえ、日々の生活の中で緊張を克服する糸口を探し続けていました。それは、生徒さんへの指導のためでもありましたが、本当は自分が演奏活動をやりたいという思いがあったからだと思います。

緊張やコンプレックスを克服していく過程で、自分自身について深く知ることが必要だと思うようになりました。そんなとき、エニアグラム心理学に出会いました。

エニアグラムで自分の性格タイプを知ったことは、自分のなかで大きな転機になりました。自分が囚われていた思考や、〔自分がこれだ!と決めたらものすごい行動力とパワーを発揮する〕という自分では気づかなかった長所も知ることができました。


そして、人前で堂々と演奏することを諦めていたのは、自分自身でかけていたブレーキに過ぎなかったと気づきました。

音楽を学ぶ決意をした時からずっと心の中にあった、親に負担をかけているのではないか、期待に応えられていないのではないかという思い、そして自分にはできない、どうせだめ、といった自己否定的な思い込みも、すべて自分自身が作り上げてきた大きな妄想であったことに気づいたのです。

「私は自分の好きなことをやってもいいんだ」と思えるようになり、再び演奏活動を始めようと動き出しました。


自分の人生を振り返ると、本当はたくさんの選択肢があったと思います。
音大に行かない選択も、就職したときに音楽とは完全に別の世界で生きる選択も、結婚して主婦になる選択もできました。

しかし、どうしてそこまでして音楽を続けているのか?失敗するかもしれない、恥をかくかもしれないのに、なぜ演奏したいのか?自分自身ですら疑問に思う瞬間さえあります。

けれどあえて大変な道を選ぶのは、やはり私の中でフルートを演奏している姿が一番自然体であり、辞めるという概念がなかったからです。そのくらい、自分にとってフルートはいつも当たり前にそばにある存在でした。

時間はかかりましたが、今やっと自分が本心からやりたいことのために動き出せています。今までできなかったことができるようになったことが本当に幸せです。私は生涯を通して演奏を辞めることはないと思います。

また、私自身がエニアグラム心理学に助けられた経験から、この心理学を音楽をする人の助けになるよう、広めていく活動もしていきたいと考えています。